
はじめに:「謝りたくない」「負けを認めたくない」という壁
「ごめんなさいが言えない」「負けると最後まで認められない」「やりたくない片付けに取りかかれない」。放課後等デイサービスの現場で、毎日のように出会う場面ではないでしょうか。
こうした「やりたくないけれど、社会のなかでは折り合いをつけなければならない行動」を、アバタースクールの監修者である小児科医・平岩幹男先生は、社会的妥協(ソーシャルコンプロマイズ)と呼んでいます。アバタースクールは、この考え方を出発点に生まれました。
この記事は、社会的妥協とは何か、なぜ「アバターになりきる」とその練習になりうるのか、そして現場でどう取り組めるのかを、放課後等デイサービスのオーナー・スタッフの方に向けて整理するものです。良い面だけでなく、「ここまでは言える/ここから先は分からない」という線も一緒にお示しします。
社会的妥協(ソーシャルコンプロマイズ)とは
社会的妥協とは、平岩先生の説明によれば、社会のなかで折り合いをつける行動のことです。大人の世界の言葉でいう「折り合いをつける」を、子どもの支援の文脈に置き直したものといえます。
具体的には、次のような行動が当てはまります。
- タイミングよくあいさつをする(おはよう・こんにちは・さよなら)
- ありがとう、ごめんなさいを言う
- 割り込まず、順番を待つ
- 発言したいとき、手をあげて待つ
- 困ったときに「助けてください」とヘルプサインを出す
- 勝ち負けのある場面で、負けをすんなり認める
- やりたくない片付けをする
どれも、誰にとっても簡単なことではありません。大人でも、タイミングよくあいさつができない人や、素直に謝れない人はいます。だからこそ、これらは「自然に身につくはず」と放置せず、練習の対象として捉えることが大切です。

ここには、正直に押さえておきたい視点もあります。平岩先生は、社会的妥協が「子どもにとって適切かどうかというより、周りの社会にとって適切かどうか」に近い面を持つこと、そして「どこまで押していくか」は実際には難しい判断であることにも触れています。つまり、子どもに無理を強いる方向ではなく、本人が折り合いをつけやすくなるよう支える方向で考える、というバランスが前提になります。
ライフスキルトレーニングの中での位置づけ
社会的妥協は、平岩先生が提唱するライフスキルトレーニング(LST)の枠組みのなかに位置づけられます。LSTは、生活能力・学習・運動・対人関係の4つの要素で子どもの力を捉える考え方です。

社会的妥協が必要になるのは、宿題(学習)や、やりたくない運動のトレーニング(運動)の場面にもありますが、もっとも多いのは対人関係です。負けを認める、順番を待つ、ヘルプサインを出す――いずれも、人とのあいだで起こる折り合いだからです。
叱るのをやめ、「できたらほめる/がまんできたらほめる」へ
ここが、平岩先生の考え方の核心です。不適切な行動をして叱られるのではなく、「がまんできたらほめる」にどうすれば変えられるかを考えます。
社会的妥協を、強制して「やりなさい」と叱ったり注意したりして変えさせようとする――これがネガティブなパターンです。けれど、いやいや従わせても、自発的な行動には結びつきにくい。平岩先生は、このネガティブなパターンから、ポジティブなパターンへの転換を重視します。
ポジティブなパターンとは、二つあります。ひとつは、適切な行動ができたらほめること。もうひとつは、不適切な行動をがまんできたらほめることです。叱る・注意することで行動を変えるのではなく、「できたらほめる」「がまんできたらほめる」を積み重ねて、できることを増やしていく。ポイントが貯まるといった仕組みを添えても構いません。
これは、アバタースクールが掲げる「叱る練習ではなく、できた!から始まる練習」と、まっすぐにつながる考え方です。叱られる回数を増やすのではなく、ほめられる場面を増やす。その方向転換こそが、社会的妥協を上手にこなせるようになるコツだと、平岩先生は説明しています。

なぜ「なりきる」と社会的妥協ができるのか
ここで、アバターの出番です。
自分自身として、あいさつやヘルプサインを出すのは恥ずかしい。タイミングがずれてしまう。そんな子でも、「パンダさんになったつもりで」「犬さんになりきって」と促すと、すんなり言葉が出ることがある――平岩先生は、外来でのトレーニングを通じてこうした場面を数多く見てきたといいます。
なぜでしょうか。動物のキャラクターになりきると、「いつもの自分」がそのまま試される緊張から少し自由になります。失敗しても、傷つくのは「自分」ではなく「キャラクター」。人からの視線の圧も和らぎ、予測しやすい枠のなかで、ふだん出せない一歩に手が届きやすくなります。
たとえるなら、補助輪のついた自転車に似ています。いきなり二輪は怖くても、補助輪があれば転ぶ恐怖を抑えながらペダルをこぐ感覚を覚えられる。アバターは、社会的妥協における補助輪のような役割を果たします。平岩先生は、この発想をメタバース(なりきり)プログラムとして構想し、それがアバタースクールの土台になっています。

社会的妥協を育てる、具体的な7つの手法
平岩先生が示す、社会的妥協のトレーニング手法を整理します。いずれも「なりきり」と組み合わせやすく、放課後等デイサービスの遊びのなかに埋め込めます。
| 手法 | ねらい | 進め方の例 |
|---|---|---|
| なりきりプログラム | 恥ずかしさを下げて言葉を出す | 動物になりきってあいさつやヘルプサインを言う |
| がまん貯金 | 負けを「まあいいか」と認める | じゃんけんで認められた回数だけポイントを貯め、貯まったらごほうび |
| カウントダウン | すぐ動けないときの切り替え | 「3・2・1・0」と一緒に数える。動物同士で一緒に |
| ヘルプサイン | 困ったときに助けを求める | 「助けてください」などを、ふだんから口に出して練習 |
| クールダウン | 感情のセルフコントロール | グーパーを5回、深呼吸を3回、場所を変える |
| YES/NO・選択 | 要求や意思を伝える | ほしい物を選ぶ、「帰る時間」を受け入れる |
| 言語化(こんなときどうする?) | 状況に合った言葉を出す | 自分はどう思う?相手はどう思う?どう言えばいい?を考えて口に出す |
いくつか補足します。がまん貯金のごほうびは、食べたらなくなる「消え物」が勧められています。物として残るごほうびより、依存や執着を生みにくいからです。ヘルプサインは、いざというときに口から出るよう、何もない普段から練習しておくことが肝心です。クールダウンは、イライラが高ぶった瞬間に、数秒から十秒ほどで気持ちを落ち着けるセルフコントロールの練習になります。
これらの手法は、アバタースクールの遊びと自然に重なります。たとえば、じゃんけん系の遊びは「がまん貯金」と相性がよく、負けを「まあいいか」と認める練習になります。動物になりきって一緒にカウントダウンする場面も、ゲームのなかに自然に置けます。


ただし、トレーニングは「入口」にすぎません
ここは、いちばん正直にお伝えしたい部分です。
「なりきり」で社会的妥協ができたとしても、それが自動的に現実の場面へ移るとは限りません。アバターのなかであいさつができても、「教室の朝の会で、お友だちにあいさつできる」につながらなければ、練習はトレーニングのなかで完結してしまいます。
補助輪付きで走れても、補助輪を外す段取りがなければ「自転車に乗れた」とは言えません。だからこそ、アバタースクールの考え方は「なりきって遊ばせて終わり」ではありません。なりきり→集団→現実、と段階を踏み、トレーニングのなかの「できた」を、生活の「できた」へ橋渡しすることを前提にしています。トレーニングは終着点ではなく、あくまで入口。この一点を外さないことが、効果を誇張せずに「なりきり」を活かす条件です。
監修:平岩幹男先生と、エビデンスの読み方
アバタースクールは、長く子どもの発達に関わってきた小児科医・平岩幹男先生の監修のもとで開発されています。社会的妥協という考え方も、そのなりきり(メタバース)プログラムへの応用も、平岩先生の臨床の蓄積に根ざしています。
ただし、監修がついていることは「効果の保証」ではありません。なりきりや各手法には臨床の経験に基づく手応えがありますが、「アバターを使えば必ずコミュニケーションが伸びる」と断定できる段階ではありません。専門家の関与は、取り組みの方向性に信頼の裏づけを与えるものとして受け止め、効果は現実の場面の変化で確かめる――この姿勢が、慎重な現場にこそふさわしいものです。
行動経済学の視点:なぜ「がまん貯金」は効くのか
社会的妥協の手法は、行動経済学の観点からも理にかなっています。
「がまん貯金」は、望ましい行動(負けを認める)に小さな報酬を結びつける仕組みです。人は、遠い大きな成果より、目の前の小さな手応えに動きます。星がひとつ増える、という即時のフィードバックが、行動を後押しします。これは、望ましい行動が自然に出るよう設計する、いわゆるナッジの発想です。
一方で、注意したいのが権威バイアスです。「専門家の監修」と聞くと、それだけで効果を信じ込みやすい。けれど監修は方向性の裏づけであって、結果の保証ではありません。専門家の関与を尊重しつつ、効果は現実の変化で確かめる。この冷静さが、長く信頼される取り組みを支えます。
アバタースクールの考え方:入口より先に「出口」を決める
アバタースクールが一貫して大切にしているのは、入口より先に出口を決めるという順番です。療育に置き換えれば、手法を入れる前に「この練習を、最終的にどんな現実の場面につなげたいのか」を決める、ということです。
「アバターであいさつできた」を、「朝の会で言えた」「家でただいまと言えた」へつなぐ。その到達点を先に描き、なりきり→集団→現実と段階を設計する。社会的妥協の7つの手法も、出口が定まってはじめて、現実の生活を動かす力になります。手法を使うかどうかより、出口を決めているかどうか。そこに、取り組みの成否が表れます。
よくある質問(FAQ)
Q. 社会的妥協とは、わがままをがまんさせることですか。
無理に従わせることではありません。平岩先生も、社会的妥協は「社会にとって適切か」に近い面があり、どこまで求めるかは難しい判断だと述べています。叱って従わせるのではなく、できたらほめる・がまんできたらほめる、というポジティブな関わりで支えるのが基本です。
Q. なぜ叱るのではなくほめるのですか。
強制して従わせても、自発的な行動には結びつきにくいからです。適切な行動ができたらほめる、不適切な行動をがまんできたらほめる。この積み重ねが、社会的妥協を上手にこなす力を育てると考えられています。
Q. アバターを使えば、人と話せるようになりますか。
効果には個人差があり、保証するものではありません。なりきりは対人の負荷を下げる入口になりうる一方、現実への般化には橋渡しの設計が必要です。
Q. がまん貯金のごほうびは、何が良いですか。
平岩先生は、食べたらなくなる、行ったら終わる「消え物」を勧めています。物として残るごほうびより、執着を生みにくいためです。
Q. どの診断の子に向いていますか。
特定の診断に限りません。社会的妥協の難しさは、診断を横断して見られます。平岩先生は「定型発達なお子さんでも難しいことがある」と話しており、診断の有無にかかわらず役立つ考え方です。診断別の特性と関わりは、関連記事で詳しく扱っています。
まとめ
「謝れない」「負けを認められない」「順番を待てない」――こうした社会的妥協(ソーシャルコンプロマイズ)の難しさは、叱って変えさせるものではなく、できたらほめる・がまんできたらほめるという関わりで育てるもの、というのが平岩先生の考え方です。
そして、自分のままでは難しい一歩も、動物に「なりきる」ことで手が届くことがあります。アバタースクールは、この発想を遊びの形にしたものです。ただし、なりきりはあくまで入口。現実への橋渡しを先に設計することが、練習を「できた」で終わらせないための条件です。

診断ごとの特性理解と具体的な関わり方は、ADHD・自閉症それぞれの関連記事で詳しく解説しています。
アバタースクールという選択肢
アバタースクールは、社会的妥協を「なりきり」で育てるという平岩先生の発想を、放課後等デイサービスの集団遊びの形にしたコミュニケーション療育ゲームです。
現場スタッフの方には、準備の負担がありません。先生1人で最大8人、お題を出してみんなで遊ぶだけ。動物のアバターになりきった遊びが、あいさつ・順番・負けの受け入れの練習になります。「明日の活動ネタ、もう悩まない」。叱る場面が減り、子どもの「できた!」が増えていきます。
オーナー・開設者の方には、療育の実施と稼働率の両面で意味があります。社会的妥協やコミュニケーションに正面から取り組めるツールは、支援内容の説明材料にもなります。「また行きたい」と思える活動は、通所の継続につながります。監修は医学博士の平岩幹男先生。レンタルで導入でき、手持ちのテレビで始められます。
まずは資料と紹介動画で、教室での使われ方と考え方をご覧ください。導入のご検討には、無料トライアルや30分の導入相談も承っています。
参考文献
平岩幹男:小中学生のライフスキルトレーニング 合同出版 2022
平岩幹男. "138.社会的妥協". YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=PAuUQyRVjyA, (参照 2026-06-16).
こども家庭庁. "放課後等デイサービスガイドライン(令和6年7月)". こども家庭庁. 2024-07. https://www.cfa.go.jp/policies/shougaijishien/, (参照 2026-06-16).